オールドタイプの戯言

機動戦士ガンダムUC 第6巻を読み終わる。

気がついたら、購入して1ヶ月が経とうとしていた。
なかなか読み進められなかったのは、ガンダムに付き物だった「新しさ」が感じられなかったからかもしれない。
この新しさはガンダムの真骨頂で、ファーストで宇宙世紀という世界観を打ち出し、Z&ZZで変形ロボの概念を導入し(ファーストでは合体はあったもののMSが単体で変形することはなかった)、逆シャアでは主役級ガンダムに初のサイコミュ&ファンネルを搭載するなど、常に新しいことにチャレンジしてきた。
続くF91ではMSの小型化という劇的なプロセスを実現してみせた。
ビームシールドのアイデアは、その後のVに引き継がれている。

ではUCでの新しさは何か。
世界観か、MSか、ニュータイプか。
富野監督はF91の公開にあたり、「次のガンダムでは何をやってやろうか常に考えていました」と発言している。
当時中学生だった私は、アムロ vs シャアの対立構図が気に入っていたので、連邦軍に反旗を翻すクロスボーン・バンガードに共感することは出来なかった。

「新しさ」に対応できていなかったのだと思う。

でも社会人になり、常に「新しいこと」をやらなければ淘汰されることに気づいてからは、富野監督は正しかったのだと考えなおすようになった。
連邦 vs ジオンでは先細りするのが見えていたのだろう。
確かに国力で圧倒的に劣るジオンが、巨大勢力たる連邦に何十年にも亘り反撃するのは不可能なこと。
1年戦争の初期で勝利することが可能だったのも、ミノフスキー粒子とMSという切り札で混乱する連邦を一気に叩くことができたからだ。
V作戦で連邦がMSを開発することが可能になると、形勢は一気に逆転するのは目に見えている。
オンリーワンなテクノロジーを持つ零細企業が、パテントを大企業に持っていかれたものだ。

いつまでもジークジオンを叫んでいる訳にはいかない。
オールドタイプではダメなのだ。
変化を恐れていてはダメなのだ。

UCを読んでいると、随所に過去のガンダムの要素が埋め込まれているのが分かる。
ガンダム vs ガンダム→0083、Z
強化人間→Z、ZZ、逆シャア
サイコフレーム→逆シャア
ミネバ→Z、ZZ

特に逆シャアから3年後ということもあり、この作品の影響が色濃く出ている。
例えば、ロンドベルの旗艦はラー・カイラムで艦長はブライト・ノア、そしてその艦長室には殉死した兵士の遺影が飾られており、行方不明となったアムロ・レイ(ここでは中佐、当時大尉だったので2階級特進したものと思われる)もその中にいる。
ファースト世代としては懐かしい反面、まだ過去を引きずらなければ作品を生み出せないのか?という素朴な疑問が浮かんでくる。
原作者の富野監督ではなく、ガンダムに思い入れの強い福井晴敏が執筆しているので、大幅な改編は不可能にしても、斬新なアイデアをぜひ盛り込んでほしいところだ。
どうも、富野監督の作りだした世界観から抜け切れていないように見える。
だから「ガンダムをぶっ壊す!」くらいの勢いが欲しい。

次の第7巻は12月26日発売。
さてさて、どんな展開になるのか・・・

2 Replies

  • じゃあ冨野ガンダムじゃないけど「Gガンダム」はどないだ? と言ってみるテスト。
    あの「ガンダム」イメージを完全破壊した上に、独自の世界観を構築したところはかなり好き嫌い分かれるところですが、僕は嫌いじゃないです。
    でも「ガンダム」シリーズで一番好きなのは「X」だともぼそり(ぉぃ。

  • >通天閣男さん
    すみません、Gガンダムは一回も見たことが無いんです。
    ですから、第三者的な視点でしか評価できません。
    評価できるところ→富野ガンダム以外で、初めてガンダムの
    「稀少性」をなくしたところ。
    評価できないところ→こんなのはガンダムじゃないやい(T_T)
    ガンダム+ストⅡというべきか。

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